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be with you [あなたと一緒に] 26-3 [SPEC]

西日の温もりも残さず太陽が足早に姿を隠すと、コートの中にも容赦なく冬の澄んだ冷気が浸み込んでくる。

住宅街が近づくにつれ、周囲がどんどん静かになっていき、
通り過ぎた小さな公園には人影もなく、すっかり葉を落とした街路樹がざわざわと音立てる。
街灯のある信号のない交差点の角を曲がった時、瀬文が再びゆっくりと足を止めた。

「ふーん、単身者用のマンションってやつですか?」

そう言いながら当麻は目の前の建物を見上げる。
視線を元へ戻した先には、建物に背を向けて立つ瀬文の姿があった。

記憶の中の瀬文は、強く鋭くどこか人を寄せ付けない男だ。
なのに今、自分の目の前にいる男は頬こそ若干そげ落ちているものの、
どこか穏やかな顔をしていて、それは知っているようで知らない男のようだ。
うっかり吸い込まれてしまいそうな優しさの宿ったその瞳から逃げ出したい衝動に駆られた。

「瀬文さん、これで任務完了です。大人しく寝てて下さい」

だらりと敬礼をした時には足は既に今来た方向へと向いていた。
だが、逃げるように歩き出したその手を瀬文が掴んだ。

「待て! 係長からの命令ならまだ終わっちゃいねぇ」

「でも・・・」と当麻は続けた。
「ここから先は、あたしが踏み入れちゃいけない場所のような気がします」

「いいから、余計なこと考えないでちょっと来い」

当麻はひきずられるように瀬文の後を付いていく。
逃げなかったと言うよりは、不意に掴まれた手をどうしても振り解くことが出来なかったのだ。

コツコツという靴音が止まり、カチャリとドアの鍵が開く。
躊躇する間もなくキャリーと共に扉の中に押し込められた時には
当麻の胸の内は『ここまで来たからには、瀬文のプライベートでも観察してやるか』と開き直っていた。

靴を脱いで玄関を上がりつかつかと廊下を歩きだすと、
いつの間にかコートとスーツの上着を脱いだ瀬文が当麻の行方を遮るように立ちはだかった。

「おい、お前も脱げ。早く脱げ。すぐ脱げ」

「へっ! いきなりっすか。
 何すか。長いこと入院してて溜まってんすか? 欲求不満すか?」
 もしかして、係長のプレゼントってあたしっすか?
 初めてなのに、無理やりって、鬼っすね」

瀬文は何も言わず当麻のことを見つめるともなく見つめ、やがて脚元から上へと視線を這わせた。
そして、おもむろに当麻に近づくとゆっくりと耳元に顔を近付けて・・・。

「バカやろぉおーーー、何考えてんだーーー!!」

ひえっ! 突然の大声に当麻が肩をひそめた。

「だって・・・」

「だってもあさってもねぇ!
 大体、俺はそんな理由で女は抱かねぇ。
 それに、いくらお前が魚だって、今は料理する気もねぇ!
 そのきったねー、コート脱げって言ってんだよ!」

「やだなー。もう冗談ですってばー。
 瀬文さんに限ってそんなことする訳ないっつーか、
 大体、あたしのことなんて女だと思ってないの分かってますから。
 しかも、女なら間に合ってるしねぇ~」

コートを脱ぎながら、ぎこちなく笑う当麻に低い声が降ってきた。

「黙って、そこのソファにでも座ってろ!」

乱暴に言い放って、瀬文は寝室らしき部屋へと入っていった。

一人残された当麻は家の中を見渡してみた。
シンプルで無機質で無駄のない部屋。
瀬文みたいだ。と当麻は思った。

ゆっくりとソファに身を沈めると抱きしめられているような心地よさ
瀬文の匂いと無言の優しさに包み込まれていく自分を感じた。

そんな束の間の妄想を現実に引き戻したのは、ふと目をやった食器棚に並んだペアカップ。
SとTの文字。

「何考えてんだ、あたし?」

独り言に反応するように戻ってきた瀬文は、慣れた手つきで買ってきたものを冷蔵庫へ収めている。
一通り片づけを済ませた後で当麻の隣にどかりと座り込み、一息つくようにネクタイを緩めた。

「あたしを部屋まで連れてこなきゃいけないような係長の命令ってなんすか?」

「これだ」

テーブルの上に置かれた大きな紙袋から、大きめのリボンが結ばれた箱と小さな袋とシャンパンを1本を取り出した。

「俺の退院祝いだそうだ」

そう言いながら、箱を開けると20cm近くはあるホールケーキが出てきた。
雪のようなホワイトチョコとフルーツがふんだんに飾られている。

「二人で食べろと、そういうことだ」

「あたしも?」

「俺一人じゃ、食いきれないからお前に手伝ってもらえってことだろう」

「ふぅ~ん。そういうことなら手伝ってあげますけど。
 ん? これ何すかね?」

小さな袋を逆さにすると、中からポトリと何かが落ちた。

「3と9のキャンドル? さんきゅ~すか?」

「39歳だ」

「おっさんすか? おっさんすね」

「はっぴばーすで~ぇ~♪ とぅ~♪ たけ~るぅ~♪」

からかうように歌う当麻に瀬文が反撃に出る。

「うるせー! なんだ、その調子っぱずれた歌は!
 あれか、お前。味音痴だとは思ってたが、本物のオ・ン・チってやつか?」

「うっしゃーにゃ! ひとがせっかく歌ってやったのによぉ~」

「頼んでねぇ、むしろ聞きたくねぇ! だが、お前が・・・」

いつもの調子に戻ってくれたのは・・・と言おうとした話しの途中で立ち上がって、当麻は玄関口に置いてきたキャリーに向かい、すぐにパタパタと戻ってきた。
そして、綺麗にラッピングされた袋の中身をテーブルに並べ始めた。

「んー、たかまるぅ~」と言いながら次々と出てきたのは、
大福に桜餅、鍋焼きうどんに牛丼、飲み物や果物まで様々な食べ物の形をしたキャンドル。
瀬文がケーキを受け取りにいっている間に当麻が心を奪われていたのはこれだったのだ。

「これはあたしからのプレゼントってことで。
 お母さんには、和菓子。お父さんにはビールでどうですか?」

「俺にはないのか?」

「じゃあ、瀬文さんにはたこ焼きでも供えます」

「供えますって? 俺はまだ死んでねぇ」

「だって、これ。お供えキャンドルですから。
 ご両親の仏壇かお墓にでも供えて下さい。
 少なくともロウソクの炎が燃えている間は、いつも以上に思い出してあげて下さい。
 誰かがその人のことを覚えていれば、例えこの世界からいなくなっていても、
 その人は生きているんだとあたしは思います」

「当麻・・・」

「せっかくですから、シャンパン開けてケーキにキャンドル立てて電気消して、『ふぅ~』てのしましょうよ」

店のネーム入りのマッチを取り出し、3と9のキャンドルともう一つ変わった形のキャンドルにも火を着けた時、
後ろでコルク栓が抜けた音がポンと音をたてた。
瀬文の手からグラスに注がれたシャンパンからパチパチと弾けるように「天使の拍手」が聞こえ、美しい気泡が立ち上ってくる。

「なんだそのふにゃっと溶けたようなブサイクなもんは?」

「餃子っす。そんなことより早く電気消して下さい」

呆れ顔の瀬文は言われたままに灯りを落とし、手で払うように炎を消そうとした。

「ちょっと、線香じゃないんですから、手で消そうとしないで下さい。
 ふーってして下さいよー」

子供のように無邪気な顔をした当麻が、待ち遠しそうにキャンドルの炎と瀬文を交互に見つめている。

瀬文が炎を吹き消すとますます暗くなった室内に沈黙が広がる。

「瀬文さん? 電気・・・つけて・・・」

「なあ、当麻。このまま俺の話を聞いてくれ」

「どうして病院に顔も出さなかった? 電話にも出なかった? 俺を避けてたんだ?」

「別に避けてなんかいませんよ。
 忙しかったっつーか、わざわざ行く用もなかったし、話すこともなかっただけです」

「んなことより、係長の命令かなんか知らないですけどあたしなんかと誕生日祝ってていいんですか?
 親子3人で仲良く祝った方がいいでしょ?
 それとあそこのSとTのイニシャル入りのペアカップ、里子のSとたけ~るのTすか?」

からかうように食器棚の方を指さしながら笑う当麻のその目が本当は笑っていないのを薄明かりが隠した。

「余計なとこ見てんじゃねぇ! あれは後輩の結婚式で貰ったもんだ。だから捨てる訳にもいかず置いてあるだけだ。
 さとみのSとたかしのTだ。嘘だと思うなら後でカップの裏を見て見ろ!」

「ここでこんな風に話しをすることになったのは計算外だが、お前に病院に迎えに来させるように係長に頼んだのは俺だ。
 それと、青池や潤のことでこれ以上お前にあれこれ茶化されるのは我慢ならん。
 だから、今から俺が話すことを黙って聞け!」

当麻は返事の代わりにシャンパンの入ったグラスを一つ瀬文に手渡す。
ごくりと瀬文の喉仏が上下した。

それからは、静かに話し始める。
青池とのこと、潤のこと、二人への想い・・・何もかも包み隠さず全て話して聞かせた。

下を向いたまま聞いていた当麻が重い口を開く。

「誰よりも幸せになって欲しいと思ったのに。
 瀬文さんて哀しいくらい家族運がないっていうか・・・
 じゃあ、これは生まれて来られなかったその子の分です」

牛乳のパックの形をしたキャンドルを瀬文の掌にそっと乗せた。

「ああ・・・」

瀬文の頬を伝っていった一滴の涙がゆらめく灯りに照らされキラリと光る。

「瀬文さんはホントに泣き虫っすな」

まるで幼い子供にそうするように指先で髪の毛を不器用に撫でられ
当麻は鼓動に触れられでもしたように感覚を翻弄する眩暈に襲われた。

残りのシャンパンを煽ろうとした瀬文のグラスを当麻が今度は奪い取った。

「瀬文さん、怪我人なんすから残りはあたしが全部飲みます」

そう言って当麻は、グラスの中身を飲み干した。




タグ:当麻 SPEC 瀬文
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be with you [あなたと一緒に] 26-2 [SPEC]

冬の乾いた空気と夕暮れの雑踏の匂い、
忙しく行き交う人々に紛れながら、当麻の歩みに合わせ俺は少しゆっくりと歩いた。
俺の歩みに合わせるようにあいつは少し急いで歩いた。
俺たちは、確かに二人だった。

一瞬、目の前の色彩がズレを生じ混じり合い僅かに色を帯びる。
目の前のショーウィンドウに映った黒と赤、二人は同じ場所を見ていた。

視線がぶつかり合うように当麻と目が合った。
無意識に俺の手が当麻の手を探した。
繋いだ手だけが二人の行く先知っているのだと俺は思った。
だが、ショーウィンドウの扉が開き一瞬にして現実に引き戻される。
歩き出した。何もなかったように。

大通りを抜けたところで一旦立ち止った瀬文が自分を追い越して行こうとする当麻に声を掛けた。

「腹減ったろ。CBCでも行くか?」

想像に反して当麻は直ぐに首をぶんぶんと横に振った。

「行きません」

少し俯いたまま、きっぱりそう告げる。

「どうした? 餃子が嫌か? それとも俺と行くのが嫌なのか?」

「餃子は嫌じゃないです。けど真っ直ぐ家まで送り届けるようにって野々村係長の命令っすから」

「そうか、分かった」

諦めたように瀬文は頷き、野々村の言葉を思い出した。

「そういえば係長から何か預からなかったか?」

「これっすか?」

ポケットに手を入れ、クシャクシャに丸まった小さな紙切れを取り出した。

「おまえ・・・まあ、いい。よこせ」

そこには、何やら地図らしきものと場所を示しているのかハートが一つ書かれていた。

「ちょっと寄り道だ。行くぞ」

「もう、あたしの話し聞いてました?」

「おまえが上司の命令を守ると言うのなら黙って付いて来い、これも係長からの命令だ」

キャリーをひょいと担ごうとしてまだ治りきっていない傷の痛みに小さく呻いた。
それを呆れ顔で見ていた当麻がキャリーを奪い取る。

「どこへ行くんですか、せーぶーみーさん?」

当麻が付いてくるのを確認するように一度だけ振り向いた後、瀬文は再び無言で歩き出した。



瀬文はおよそ似会わない、お洒落な店の前で足を止めると
ボロボロのメモをチラリと確認しておもむろに中に入っていく。

当麻はといえば、そんな瀬文の後ろ姿・・・ではなく、
隣のこれまたお洒落な店の窓から覗くある物に目を奪われていた。

暫くして、大きな包みを抱えて出てきた瀬文はそこで待っているはずの当麻の姿がないことに焦った。

くそっ。どこへ消えた? まさか!
頬が強張るのが自分でも分かった。
頭の後ろに広がり始めていた不安と共に目に前の全てが色を失い、灰色に染まっていく。

「当麻~!」

思わず駈け出そうとしたその時、隣の店から出てきた当麻の姿が目に入った。
キョロキョロと辺りを見渡しながら可愛くラッピングされた紙袋を手にふにゃりと嬉しそうな顔をしている。

「あ、せぶ・・・」

「当麻! 勝手に消えるな!」

瀬文を呼びとめる声より当麻を怒鳴りつけた声の方が大きく、周りの通行人まで振り向いた。

「そんなに怒らなくても。ほら、みんな見てますから」

「頼むから、いなくなるな」

「何すか、それ?」

当麻は心の中心にある温かいものに触れられたようで、わざと乱暴な言葉で返す。

「それじゃあ、今度こそとっとと帰りますよ」

「おい! 待て!」

「あん? なんすか?」

「食糧ぐらい調達させろ」

「あたしなら、大丈夫っす」

「おまえのじゃねぇ。帰っても何もない。
 一ヵ月近くも入院してたんだ、あっても腐ってんだろうが」

「それも、そうっすね」

二人で次に目指したのはスーパーマーケットで、
試食コーナーごとに足が止まりかける当麻にイラつきながらも
楽しそうに食品を見て回る姿に瀬文は片頬を緩めた。






タグ:当麻 瀬文
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